SK.insomnia interview pp.3 |
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| The Bulgarian Legend
しかしなぜ彼は最初にStarcraftをプレイしはじめたのか? 当然それが中毒性のあるゲームだったからだろう。しかし、既に言ったようにゲームの競争本能(competitive nature)が大きな要因だった。 「僕はStarcraftをプレイしはじめたのは、そのゲームが本当に好きだったからだし、僕はその才能をもっていたからね。ぼくはトップになりたかったし、すべてのトーナメントで勝ちたかった」 おそよ1年のプレイのあと、彼はようやくトーナメントに勝ち始めた。それから彼がトップSCプレイヤとなるのは時間の問題だった。 「だいたい7ー8カ月PCクラブで友達とプレイしたり、違う国のLAN大会に参加するためにちょっと国を渡ったり(europeは鉄道で国境超えたりしますからね)したあと、ぼくは遂にBattle.netでプレイするのに十分な通信環境を得たんだ」 ブルガリアの通信環境はベストとはいえなかった、それにZdravkoのようなハードコアゲーマーは500ping以下のコネクションを必要としていた。 「それでぼくはBNETでLadderの頂点目指してプレイし始めたんだ。ぼくにとってラダーのトップ20プレイヤーは世界のトップ20プレイヤーだったんだ」
彼はいまだに彼のスタークラフトキャリアとしての始まりを思い出すことができる。どうやってかれはトッププレイヤーに問いかけたのか?([o]utcast membersが一番彼になやまされた(?)):「どうすれば僕はあなたのクランに入れますか?」 今となっては、シチュエーションは変わり、彼が受ける側になり、毎日いくつかのクランから誘いを受けている。
そして、insomniaのビッグブレイクが訪れる。 そのイベントで彼はe-sportの殿堂へと登り詰める。 「ある日僕はKorean tournament(KBK)がBNET上でBNETのラダーとよく似たシステムで開かれるというニュースを聞いたんだ。 ファイナル進出のためのトップ128人のonline予選が開かれ、そしてKBKがトップ32のnon-korean全員に旅行費をだしてくれるということを」 「その当時ぼくはとてもゲームの調子がよく、最低でも予選トーナメント突破は確信していたよ。 だから、ぼくは予選に登録し、そこでKorean "pro gamer"と初めて遭遇したんだ。 その当時、ヨーロッパプレイヤはコンピューターゲームのプロとはかけ離れていた。 予選は数カ月間行われ、1999年の終わりまで続いた。そしてようやく僕はシーズンの終わりにラダートップ12のポジションを確保して予選を突破したんだ。それでぼくは韓国への最初の切符を勝ち取ったんだ」
Zdravkoの夢はついに現実となった。 コンピューターの向こうで、彼が成し遂げたことを、韓国に到着するまで彼は気付いていなかった。 「そこには、ほんとに僕の夢をかなえたような"Gosu"な人々がいたんだ」 彼はトーナメントではnon-Koreanで最高のトップ16に入った。(自分でいうのもなんだが、)素晴らしい!(Pretty impressive, if I can say so myself)
Insomniaは彼の最初の韓国への旅について詳しく語ってくれた: 「僕はホテルの部屋をtillermanと共有したんだ。けど、彼はChampion(TheMarine)に一回戦で負けたんだ。ファイナルの1、2カ月前にね、Grrr... Thor, Maynard and Pilla(SCのプロの歴史を切り開いた人たち)はpro gamerになるためにKoreaに移ったよ。 僕は彼らがプロゲーマーになるために外国にうつった初めての人達だと思うよ。 彼らのうち3人はKBKのファイナルに参加してた。けど、最高順位はGrrrr...top32だった。 トーナメントが終わった後、その日に僕はKoreanプロチームからプロゲーマーとしてここに残らないかってオファーを受けたんだ。 僕はもちろん受け入れなかった。まだ16才だったし学校にもいってたし。 それに僕は家から遠く離れた外国で暮らすなんて想像もつかなかったよ。 けど、ぼくはまだこの男のビジネスカードを持ってるよ。もしこのような機会を再び得たときに、あの日僕が自分自身誓ったことを忘れないために」
Zdravko はこの誓いを忘れていなかった。それからずっとあとに彼は韓国に再び訪れ、同じマネージャーのもとで、madfrogやdominator, hemanらと一緒にプロWC3プレイヤとしてプレイした。
彼が韓国を訪れたのはこれが最後ではない。彼は韓国で開催された2001年のWCGでトップ8の成績をおさめた。Zdravkoは私にこのWCGのちょっとした話をおしえてくれた。 「Madfrogはこのイベントで僕と同じグループだったんだ。僕はbig stageで彼を倒したよ。 Hi!Frog」彼はもちろん次のWCG2003,WCG2004にも参加した。
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11月29日(月)02:10 | トラックバック(0) | コメント(0) | warcraft3 | 管理
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