warcraft IIIchiko
 
warcraft III の blog ですよ :D
 



2004年12月12日を表示

caraインタビュー(2/2)

64AMD.caraのインタビュー続き(2/2)。

DREAMT OF SK
CaravaggioはHUMANプレイヤである、そして彼のベストマッチアップは vs UDとミラーマッチアップだ。
彼は他のマッチアップでもそこそこだが、対戦相手に関してもそれを認めている。
「僕の苦手なプレイヤが何人かいたよ、 Grubby , Zacard, FaTC。もう秘密じゃないね」
と彼は笑った。

今では、もっと自信がある。ただ、今でも、Grubbyだけは簡単には勝たせてくれないプレイヤだ。
「僕が苦手なプレイヤを倒せたとき、彼がパーフェクトじゃないんだって理解できるんだ。彼は神じゃないんだってね」

奇妙なことに、CaravaggioはSKプレイヤになるという夢を抱いていた。
「SKは完璧なチームだよ、ぼくの意見では」と彼は言う。
でも、今では彼の目標は違うものになっている。
今の彼は、本当はゲームを止めたがっている。

「僕の考えでは、ゲーミングはそんなに良くないよ。友達と遊んだりスポーツしたりして時間を過ごしたなら、もっと良かっただろうね。それは僕にとってもっと重要だったよ。ぼくは数学を勉強していたし、本当にスポーツが好きだった。けど、Warcraftを始めたとき、スポーツもやめてしまった、だって十分な時間がなかったしね」

実はCaravaggioはジャンプの競技で1位を取ったこともあった。彼は助走なしで、264センチもジャンプできた。
今では、もう無理だろう。彼は一日十時間もPCの前で消費している。

では、何のために彼はゲームをするのか?
「Well, ぼくはInsomniaと同じ意見だね。ぼくは、お金と栄誉のためにプレイする」とIgor Lyalinは言う。
彼が今もゲームを続けるなら、彼はきっとこの両方を手に入れるだろう。
それと、彼は特別に注目されるのが好きではないそうだ。

「僕は何度かはサインを求められたけど、他のプレイヤと座っているときにやってこられるのは本当に好きじゃないんだ。それはフェアじゃないよ、僕と一緒に座っている人は僕に怒ってもいいと思うし‥だって僕にはファンがいて彼にはいない‥」



12月12日(日)05:42 | トラックバック(0) | コメント(0) | warcraft3 | 管理

Cara インタビュー (1/2)

SKの公式サイトに掲載された64AMD.caravaggioのインタビュー記事です。
二つしたのやつはなんかバグってて修正不可能なので
もう仕切りなおして再投稿。

--

Goes For the Win
「もし勝つ見込みがないんだったら、行かないよ。それが僕のルール」と
Igor "64AMD.caravaggio" Lyalinは言う。
先週末、彼はこの信条に従って、コペンハーゲンに行き、そしてWC3L Season6で彼のチーム64AMDの優勝に貢献した。

Caravaggioはデンマークで優勝したチーム(64AMD)のキープレイヤの1人だった。ソロと2v2(新しいチームメイトのDeadmanとプレイした)の両方でプレイし、この19歳のロシア人は半年にわたってチームの一員として多くの重要な勝利に貢献してきた。

「僕がジョインしたときのことは、実はあまりよく憶えてないないんだ。けどEnriqueと僕は A-laget teamで仲が良かったんだ。その彼がAMDのプレイヤを探してて、それで彼が僕を誘ったんだよ」とCaraは思い起こした。

PLAY LIKE THE KOREANS
彼のWC3のプレイ歴はたかだか1年かそこらにすぎない、だがCaravaggioは確固としたゲームのバックグラウンドを持っていた。彼はWC3に落ち着く前は、Star CraftとQuake3、 それにCounter-Strikeをプレイしてきた。

「僕が学校に通っていたとき、小さな町で両親と暮らしていて、あまり良いネット環境がなかったんだ。僕の最初のプロゲームはQuake 3だった、僕は本当にこのゲームが好きだったんだけど、ネット環境が悪くて、国際レベルではとてもプレイできなかった。
それで僕はBrood War(Star Craft)をプレイし始めたんだ。戦績はイマイチだったけど、それは僕がまだ両親と一緒に暮らしてたからね。彼等は僕にトレーニングの量を制限させたんだ。
けど、僕が大学に通い始めて1人ぐらいを始めてからは、もっと強くなった。僕は多くの自由な時間と、良いPCと、良好なネット環境なんかを手に入れたんだ」

WC3のマイクロマネージメントは、Caraが最も好むものだ。加えて彼はゲームに対しとても真面目で、いつもベストを尽くそうとする。
「僕は一つのストラテジを完璧なレベルまで持っていこうと目指してる、Koreanがそうであるようにね」と彼は明かした。

WC3Lのプレイオフの前、彼は沢山の時間を練習に割いた。彼の準備はプレイオフの20日前から開始された。
毎日、ソロを30ゲーム、2~3の2v2を練習し、加えてビザの問題を処理している間、沢山のリプレイをチェックした。

「プレイオフの前、デンマークへのビザを取得しようとしたんだけど、大使館は僕たちに、そのためには一ヶ月必要だっていったんだ、残り12日しかないのに。
だから僕たちはちょっとチートして、フィンランドのビザを取得して、それからヘルシンキからデンマークに飛んだんだ」

モスクワを出発し、コペンハーゲンに向かったとき、彼は勝機があると考えていた。
「ソロでの僕とdeadmanは問題なかった、それにElakeDuck/Saseの2v2もね。だから僕は全ての試合を3-2で終わらせるつもりだった」と彼は言う。

2v2 with ENRIQUE
ビザを取得するためにロシアにいる間は、Warcraftのプレイに問題はなかった。
「良いPCとネット環境があれば、どこでも練習できるよ。ときどき$500から$800のLAN大会にもでたよ。ヨーロッパでは余り有名ではないけど、15人ぐらいの素晴らしいプレイヤがいたね。
けど今のところ、トップ1・2は僕とDeadmanだよ。僕等は全てのトーナメントに参加しようとした」

WC3Lプレイオフは、WCGの後の,彼にとって二度目の国際LAN大会だった。19歳の彼は旅行と国際トーナメントを満喫した。
「ぼくらはいつも感動してた、オンラインフレンドに会ったり、彼等と遊んだりしてるときにね。僕は本当にKorean Guysが好きだよ、特にZacard。 彼等は負けても決して怒らないし、いつもハッピーなんだ:FIGHTING!!!」

Caraviggioはこの素晴らしいLANイベントの主催者やadmin全員に感謝している。彼にとって最高の瞬間は、彼と彼のチームマネージャーのEnriqueがmousesportsとの2v2マッチを2-1で勝利した時だった。Enriqueは,Deadmanが最初のマッチでプレイすることが認められず、Deadmanの代わりに戦わなければならなかった。

「それは僕たちにとって,とても衝撃的な事実だったよ。僕等はゲームの前の5分間でどのストラテジを使うか決めたんだ。それは僕とapmのミラーだったけど、Enriqueのマイクロでしょ。それをこなすために僕は101%の力を出した。
けど、1v2ではまだ勝てない。だからぼくはEnriqueを援護し、そして勝ったんだ。彼はほんとに素晴らしかったよ。もちろん僕も彼を助けたけど、僅かに1度や2度だけだった」



12月12日(日)05:40 | トラックバック(0) | コメント(0) | warcraft3 | 管理

-_-;

なんか二重投稿になった上に修正きかない‥
なんじゃこりゃ



12月12日(日)04:02 | トラックバック(0) | コメント(0) | warcraft3 | 管理

Caraインタビュー

Goes For the Win

「僕がジョインしたときのことは、実はあまりよく憶えてないないんだ。けどEnriqueと僕は A-laget teamで仲が良かったんだ。その彼がAMDのプレイヤを探してて、それで彼が僕を誘ったんだよ」とCaraは思い起こした。

PLAY LIKE THE KOREANS
彼のWC3のプレイ歴はたかだか1年かそこらにすぎない、だがCaravaggioは確固としたゲームのバックグラウンドを持っていた。彼はWC3に落ち着く前は、Star CraftとQuake3、 それにCounter-sTrikeをプレイしてきた。

「僕が学校に通っていたとき、小さな町で両親と暮らしていて、あまり良いネット環境がなかったんだ。僕の最初のプロゲームはQuake 3だった、僕は本当にこのゲームが好きだったんだけど、ネット環境が悪くて、国際レベルではとてもプレイできなかった。
それで僕はBrood War(Star Craft)をプレイし始めたんだ。僕の戦績はあまりよくなかったけど、それは僕がまだ両親と一緒に暮らしてたからね。彼等は僕にトレーニングの量を制限させたんだ。
けど、僕が大学に通い始めて1人ぐらいを始めて、もっと強くなった。僕はもっと自由な時間と、良いPCと、良好なネット環境なんかを手に入れたんだ」

WC3のマイクロマネージメントは、Caraが最も好むものだ。加えて、彼はゲームにとても真面目で、いつもベストを尽くそうとする。
「僕は一つのストラテジを完璧なレベルまで持っていこうと目指してる、Koreanがそうであるようにね」と彼は明かした。

WC3Lのプレイオフの前、彼は沢山の時間を練習に割いた。彼の準備はプレイオフの20日前から開始された。
毎日、彼はソロを30ゲーム、2~3の2v2を練習し、加えてビザの問題を処理している間、沢山のリプレイをチェックした。

「プレイオフの前、デンマークへのビザを取得しようとしたんだけど、大使館は僕たちに、そのためには一ヶ月必要だっていったんだ、残り12日しかないのに。
だからちょっと僕たちはチートして、フィンランドのビザを取得して、それからヘルシンキからデンマークに飛んだんだ」

彼はモスクワを出発し、コペンハーゲンに向かったとき、彼は勝機があると考えた。
「僕はソロでの僕とdeadmanは問題なかった、それにElakeDuck & Saseの2v2もね。だから僕は全ての試合を3-2で終わらせるつもりだった」と彼は言う。

2v2 with ENRIQUE
ビザを取得するためにロシアにいる間は、そこでのWarcraftのプレイには問題がなかった。
「よいPCとネット環境があれば、どこでも練習できるよ。ときどき$500から$800のLAN大会にもでたよ。ヨーロッパでは余り有名ではないけど、15人ぐらいの素晴らしいプレイヤがいたよ。
けど今のところ、トップ1・2は僕とDeadmanだね。僕等は全てのトーナメントに参加しようとした」

WC3Lプレイオフは、WCGの後の、彼のわずか二度目の国際LAN大会だった。19歳の彼は旅行と国際トーナメントを満喫した。
「ぼくらはいつも感動してた、オンラインフレンドに会ったり、彼等と遊んだりしてるときにね。僕は本当にKorean Guysが好きだよ、特にZacard。 彼等は負けても決して怒らないし、いつもハッピーなんだ:FIGHTING!!!」

Caraviggioはこの素晴らしいLANイベントの主催者やadmin全員に感謝したい。彼の最高の瞬間は、彼と彼のチームマネージャーのEnriqueがmousesportsに2v2マッチで2-1で勝利した時だった。Enriqueは,Deadmanが最初のマッチでプレイすることが認められず、Deadmanの代わりに戦わなければならなかった。

「衝撃だったよ。僕等はゲームの前の5分間でどのストラテジを使うか決めたんだ。それは僕とapmのミラーだったけど、Enriqueのマイクロでしょ。それをこなすために僕は101%の力を出した。
けど、1v2ではまだ勝てない。だからぼくはEnriqueを援護し、そして勝ったんだ。彼はほんとに素晴らしかったよ。勿論僕も彼を助けたけど、僅かに1度や2度だけだった」




12月12日(日)03:56 | トラックバック(0) | コメント(0) | warcraft3 | 管理

Caraインタビュー

Goes For the Win

「僕がジョインしたときのことは、実はあまりよく憶えてないないんだ。けどEnriqueと僕は A-laget teamで仲が良かったんだ。その彼がAMDのプレイヤを探してて、それで彼が僕を誘ったんだよ」とCaraは思い起こした。

PLAY LIKE THE KOREANS
彼のWC3のプレイ歴はたかだか1年かそこらにすぎない、だがCaravaggioは確固としたゲームのバックグラウンドを持っていた。彼はWC3に落ち着く前は、Star CraftとQuake3、 それにCounter-sTrikeをプレイしてきた。

「僕が学校に通っていたとき、小さな町で両親と暮らしていて、あまり良いネット環境がなかったんだ。僕の最初のプロゲームはQuake 3だった、僕は本当にこのゲームが好きだったんだけど、ネット環境が悪くて、国際レベルではとてもプレイできなかった。
それで僕はBrood War(Star Craft)をプレイし始めたんだ。僕の戦績はあまりよくなかったけど、それは僕がまだ両親と一緒に暮らしてたからね。彼等は僕にトレーニングの量を制限させたんだ。
けど、僕が大学に通い始めて1人ぐらいを始めて、もっと強くなった。僕はもっと自由な時間と、良いPCと、良好なネット環境なんかを手に入れたんだ」

WC3のマイクロマネージメントは、Caraが最も好むものだ。加えて、彼はゲームにとても真面目で、いつもベストを尽くそうとする。
「僕は一つのストラテジを完璧なレベルまで持っていこうと目指してる、Koreanがそうであるようにね」と彼は明かした。

WC3Lのプレイオフの前、彼は沢山の時間を練習に割いた。彼の準備はプレイオフの20日前から開始された。
毎日、彼はソロを30ゲーム、2~3の2v2を練習し、加えてビザの問題を処理している間、沢山のリプレイをチェックした。

「プレイオフの前、デンマークへのビザを取得しようとしたんだけど、大使館は僕たちに、そのためには一ヶ月必要だっていったんだ、残り12日しかないのに。
だからちょっと僕たちはチートして、フィンランドのビザを取得して、それからヘルシンキからデンマークに飛んだんだ」

彼はモスクワを出発し、コペンハーゲンに向かったとき、彼は勝機があると考えた。
「僕はソロでの僕とdeadmanは問題なかった、それにElakeDuck & Saseの2v2もね。だから僕は全ての試合を3-2で終わらせるつもりだった」と彼は言う。

2v2 with ENRIQUE
ビザを取得するためにロシアにいる間は、そこでのWarcraftのプレイには問題がなかった。
「よいPCとネット環境があれば、どこでも練習できるよ。ときどき$500から$800のLAN大会にもでたよ。ヨーロッパでは余り有名ではないけど、15人ぐらいの素晴らしいプレイヤがいたよ。
けど今のところ、トップ1・2は僕とDeadmanだね。僕等は全てのトーナメントに参加しようとした」

WC3Lプレイオフは、WCGの後の、彼のわずか二度目の国際LAN大会だった。19歳の彼は旅行と国際トーナメントを満喫した。
「ぼくらはいつも感動してた、オンラインフレンドに会ったり、彼等と遊んだりしてるときにね。僕は本当にKorean Guysが好きだよ、特にZacard。 彼等は負けても決して怒らないし、いつもハッピーなんだ:FIGHTING!!!」

Caraviggioはこの素晴らしいLANイベントの主催者やadmin全員に感謝したい。彼の最高の瞬間は、彼と彼のチームマネージャーのEnriqueがmousesportsに2v2マッチで2-1で勝利した時だった。Enriqueは,Deadmanが最初のマッチでプレイすることが認められず、Deadmanの代わりに戦わなければならなかった。

「衝撃だったよ。僕等はゲームの前の5分間でどのストラテジを使うか決めたんだ。それは僕とapmのミラーだったけど、Enriqueのマイクロでしょ。それをこなすために僕は101%の力を出した。
けど、1v2ではまだ勝てない。だからぼくはEnriqueを援護し、そして勝ったんだ。彼はほんとに素晴らしかったよ。勿論僕も彼を助けたけど、僅かに1度や2度だけだった」




12月12日(日)03:56 | トラックバック(0) | コメント(0) | warcraft3 | 管理

WC3L movies

SKのHPにWC3Lのmovieがあります。
プレイ中に後ろから取っているものなので、
彼等のプレイ風景が分かります。ただ、会場は
電気を落としていたためか、細かい操作までは
確認できず。apm70の指の動きはわけわかりませんでしたw

http://www.sk-gaming.com/news/5237/



12月12日(日)02:05 | トラックバック(0) | コメント(0) | warcraft3 | 管理


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